2020.03.11
現状の新型コロナウイルスの封じ込め策はどの程度有効なのか?【kencom監修医・最新研究レビュー】
新型コロナウイルスに感染すると、感染者は隔離され、濃厚接触者の追跡が行われます。このような感染症の封じ込め作戦には意味があるのでしょうか。
当連載は、クリニックでの診療を行いながら、世界中の最先端の論文を研究し、さらにkencom監修医も務める石原藤樹先生の人気ブログ「北品川藤クリニック院長のブログ」より、kencom読者におすすめの内容をピックアップしてご紹介させていただきます。
今回ご紹介するのは、the Lancet Global Health誌に2020年2月28日ウェブ掲載された、
回の新型コロナウイルス感染症(COVID-19)の感染を、症状が出現した時点で隔離するという対策で、どの程度封じ込めが可能かを、統計的に考察した論文です。
▼石原先生のブログはこちら
新型コロナウイルスの感染拡大を防ぐにはどうすれば?
現状の新型コロナウイルス感染症の対策は、まず症状があり感染が確認された事例を、それが判明した時点で隔離して、その濃厚接触者を追跡して、適切な管理を行う、というものです。
この方法が感染の拡大を抑え、封じ込めに有効であるのは、潜伏期であったり、無症候感染の状態で、感染力がそれほど強くはない、ということをその前提としています。
どのような感染症であっても、感染してから症状が出るまでの間に、一定の潜伏期と呼ばれる期間があり、また軽症で症状を自覚しないような、そうした感染の事例もあります。
通常そうした症状のない時期にも、感染が周囲に広がることはあっても、それはあくまで例外的なケースであって、感染力の強い時期は症状が出た段階である、という考え方が、今の封じ込め策の前提にはなっているのです。
こうした方法が無効であるとすれば、もう流行地域を一定期間封鎖するしか、感染拡大を阻止する方法はない訳です。
SARSも実際には潜伏期の感染の頻度は低かったので、症例の隔離と濃厚接触者の追跡という方法で、封じ込めに成功したのです。
封じ込め策にはどのくらい効果があるのか
では実際に今回の新型コロナウイルス感染症において、症例の隔離と濃厚接触者の追跡という方法は、どの程度の有効性があるのでしょうか?
今回の論文ではその点を数学的モデルを使って推測しています。
ここでは封じ込めの成功は、初発の患者が見付かってから、12から16週で新規の患者が発生しなくなる、ということで定義しています。
この場合の患者というのは、症状が出現している場合のことです。
そして、5000例以上の患者が特定地域で集積した時には、この方法による封じ込めは、最早不可能と想定されます。
その結果、まず5例の感染事例が確認された場合、1人の感染者から感染する人数を示したR0という指標が1.5で、無症候の時期の感染が0%であれば、濃厚接触者の追跡は不十分であっても、感染の封じ込めは実現可能です。
しかし、これより感染事例が多く、R0が2.5を超え、無症候の時期の感染も起こりやすくなると、感染の封じ込め効果は低下します。
R0が1.5程度であれば、接触者の50%を追跡出来れば封じ込めは可能ですが、R0が2.5であると接触者の70%を追跡する必要があり、R0が3.5となると、接触者の90%以上を追跡しないと、その封じ込めは困難となります。
R0が2.5以上のような状態で、40件以上の事例が見つかった場合を想定すると、無症状での感染リスクが、全体の1%未満でなければ、通常の方法による封じ込めは困難と、考えた方が良いようです。
かなり現実に近い仮定で考えると、R0が2.5で感染の15%が潜伏期に起こり、比較的速やかに接触者の確認と隔離は行われるとすると、接触者の8割は追跡出来ないと、感染の封じ込めは困難になると推定されます。
上記文献の推計では、週に25から100人の症状のある感染者が出現するのを、感染のピークとして設定していますが、中国、イタリア、韓国のケースは、それを遙かに超えているので、それだけでもう通常の方法による封じ込めは不可能、と言って良い訳です。
日本もここ2週間が封じ込めるかの瀬戸際
これはですね、日本でもかなり難しい局面になっているのですね。
地域によっては数例の患者さんが見付かり、そこからまた数例が、という段階であれば、しっかりとした接触者の追跡と隔離を行うことにより、感染の封じ込めは可能と考えられますが、北海道のケースはかなり厳しい局面になっていると思いますし、愛知、東京、神奈川もギリギリのところに来ていると思います。
一方で和歌山は2月29日の新規感染者はなく、感染者13名のうち8名が回復退院していますから、封じ込めに成功した可能性が高いですよね。(2月29日現在)
こうした成功例をメディアは報道しませんが、クラスター化しなければ、適切な初動で封じ込めが可能だ、ということを示した意義は大きいと思います。
この2週間が最も重要というのは、そうした意味で、この時期において、現在行われている封じ込め策が、失敗に終わるか成功に向かうかが、ほぼ決まると言って良いのです。
まずは自分の身を守ることから
僕も末端の1人の医療者として、まずは自分の身を守ることに注意し、それから周辺の人関わりのある患者さんと出来うる範囲で、封じ込めの成功に向けまずは出来ることを日々やりたいと思います。
▼参考文献
<著者/監修医プロフィール>
■石原藤樹(いしはら・ふじき)先生
1963年東京都渋谷区生まれ。信州大学医学部医学科、大学院卒業。医学博士。研究領域はインスリン分泌、カルシウム代謝。臨床は糖尿病、内分泌、循環器を主に研修。信州大学医学部老年内科(内分泌内科)助手を経て、心療内科、小児科を研修の後、1998年より六号通り診療所所長として、地域医療全般に従事。2015年8月六号通り診療所を退職し、北品川藤クリニックを開設、院長に就任。著書に「誰も教えてくれなかったくすりの始め方・やめ方-ガイドラインと文献と臨床知に学ぶ-」(総合医学社)などがある。
・略歴
東京医科大学地域医療指導教授/日本プライマリ・ケア連合学会会員/医師会認定産業医/医師会認定スポーツ医/日本糖尿病協会療養指導医/認知症サポート医
・発表論文
-Differential metabolic requirement for initiation and augmentation of insulin release by glucose: a study with rat pancreatic islets. Journal of Endocrinology(1994)143, 497-503
-Role of Adrenal Androgens in the Development of Arteriosclerosis as Judged by Pulse Wave Velocity and Calcification of the Aorta. Cardiology(1992)80,332-338
-Role of Dehydroepiandrosterone and Dehydroepiandrosterone Sulfate for the Maintenance of Axillary Hair in Women. Horm. Metab.Res.(1993)25,34-36