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2018.10.10

あなたの妻が対峙する「世間体」の意外な正体|介護の局面で、関心の薄さが露わになる

東洋経済オンライン

「お嫁さん」たちのモヤモヤの正体とは?(撮影:風間仁一郎)

参照元:https://toyokeizai.net/articles/-/240945?utm_source=deschl&utm_medium=http&utm_campaign=link_back&utm_content=article

「お嫁さん」たちのモヤモヤの正体とは?(撮影:風間仁一郎)

高齢化が加速する日本で、認知症は随分と身近な病になった。自分の両親や義理の父母が認知症になるかもしれないという不安を感じる人も少なくないだろう。

しかし、実際に介護となると、夫は自分の両親の面倒を妻に任せてしまうことが多い。なかでも立場上、介護を断りにくいのが「長男の嫁」。いったいどんな心境でお世話を引き受けているのか。

作家の谷川直子さんは、再婚を機に東京から地方に移住。義父の介護をする際に、「長男の嫁」を取り巻く「世間体」の問題にぶつかった。自らの実体験に基づいた介護小説『私が誰かわかりますか』を刊行した谷川さんに話を聞いた。

小説を書いたら気づいた、嫁を悩ませる「世間体の正体」

――谷川さんが義理のお父さんを介護する際に頭を悩ませた「世間体」とは、具体的にどういったものですか?

「世間体」について考えるようになったのは、夫から「長男の嫁だから」と言われたことでした。長年東京で暮らしていて、再婚して九州の離島に嫁ぎました。でも子どもがいなかったため、長男の嫁としての実家、親戚筋の付き合いを夫から大目に見てもらっていたのです。これは小説にも書いていますが、目が悪くなった義理の母が、認知症の義父の介護を自宅でできなくなったときに、「長男の嫁だから」ということで、私がグループホーム入所後の義父を引き受けることになりました。

――都会の夫婦関係では、なかなか要求されない「嫁」の役割を突然突きつけられたのですね。

嫁という立場が本当に微妙なのは、自分の意見をどこまで言っていいかがよくわからないことです。おむつをするしないの選択1つとっても、お嫁さんが義理の親に対して、どこまで意見をしていいのか。私は長崎の五島に住んでいますが、おそらく東京に住むお嫁さんも悩みは同じだと思います。どこまでお世話をしたら親戚や周りの人に認められるのか。「世間の相場」がわからないまま、お嫁さんは心をモヤモヤさせながら面倒を見る。ルポルタージュでは書ききれない心の葛藤を小説ならば書けると思いました。

――今、どこまでお世話をしたら周りの人に認められるのかというお話がありましたが、実は小説に「世間体の正体」が書いてありましたね。「問題は正義じゃなくて印象だ」と。

谷川直子(たにがわ なおこ)/1960年兵庫県生まれ。2012年『おしかくさま』で第49回文藝賞を受賞。ほかに小説『断貧サロン』『四月は少しつめたくて』『世界一ありふれた答え』、高橋直子名義で、エッセイ『競馬の国のアリス』『お洋服はうれしい』などがある。本作は著者が小説で初めて三人称で描いた作品である(撮影:風間仁一郎)

参照元:https://toyokeizai.net/articles/-/240945?page=2

谷川直子(たにがわ なおこ)/1960年兵庫県生まれ。2012年『おしかくさま』で第49回文藝賞を受賞。ほかに小説『断貧サロン』『四月は少しつめたくて』『世界一ありふれた答え』、高橋直子名義で、エッセイ『競馬の国のアリス』『お洋服はうれしい』などがある。本作は著者が小説で初めて三人称で描いた作品である(撮影:風間仁一郎)

そうです、すべてはイメージなんですよ。これは、ココ・シャネルの有名な言葉で。なんだか面白いですよね。シャネルがファッションについて語ったことが、介護に当てはまるというのが。

印象については、私が五島の村の人たちから本当に学んだことでした。私は認知症について深く知ることが正しいことだと思って、義父の見舞いにやってきた親戚筋に自分の得た知識を話していたんです。でも、それを自慢と取られて。話す暇があったら、少しでもお世話の手を動かしなよということですよね。「おお、そう取られるのか」というのと、ちょっとかなわないものを相手にしている感じを受けましたね。

――この印象操作のシーンは、会社でよく見掛ける光景に似ていませんか? たとえば、数字に表れてこない個人の評価とか。

ああ、似ていますよね。要は上司が「おつかれさん」と声をかけたときに、その場にいるかいないか。でも本当に部署に貢献している人は、その場にいなかったりするんですよね(笑)。

これは村社会でも、お嫁さんが抱える義理の両親とのかかわりでも同じです。ごますりが下手な人を自分の足手まといにならないように、上手に仲間外れにするさまや知恵が、会社で見たものと一緒なんです。だから男性は想像力をちょっと働かせてもらえれば、女性の相手にしている「世間」とはどういうものなのかが、わかると思うんですよね。

夫からもたらされる実家情報の「粗さ」

――小説を拝読して痛快だったのが、男性の話す実家情報の解像度がことごとく粗いといいますか、お嫁さんが対峙すべき「世間体」の中身がぼんやりしていることでした。

頭の中でしっかりデータとして処理できていないのだけど、「なんか、本家の親戚とか近所の人とかがうるさい」という感じです。これが会社ならば、直接戦わなくてはいけない敵のデータは、頭に入っていますよね。でも奥さんが戦う敵のデータだから、ぼんやりとしか頭に入っていないんでしょうねえ(笑)。

また、外に働きに出ている男性は、家に帰ってくるとどうしても「頭のスイッチ」を切る。お嫁さんからそんな場面で何か聞かれると、さらに情報がぼんやりしてしまいます。考えること自体が面倒くさくなると、「じゃあ、もう引っ越そうか」となる。最終的な解決策が思いつかないのです。

――ゲームがうまくいかないと、リセットする感覚ですね。

そうですね。リセット感覚があるから、根本的にお嫁さんの「世間体」問題が解決しないのかもしれません。でも介護は、男性が頭のスイッチを切ったとしても24時間体制で続いていきますし、途中で放り出すことがかなり難しいです。一度かかわってしまうと、戻れない登山と一緒でどんどんハードになっていく。

介護は、それまでの自分の人生で蓄積された知見を総動員します。毎日自分なりに介護の入った1日を組織化していく作業なので、本当に男性が途中から参加するのは大変だと思います。

――しかも介護をされる側の身体情報が毎日アップデートされていきます。

多分、男の人は介護を「ご飯を作ってあげる」程度のことだと思っているはずです。でも介護はそうじゃない。特に認知症の介護は、すべて混乱した状態の人間を受け入れることです。決して、家事の延長線上に介護があるわけではない。でも、私は家事の延長線上に介護をプラスしてしまう女性の態度も良くないと思うんです。

これからの「世間体」をつくるのは私たちの責任だ

――家事の中に介護を組み入れてしまうお嫁さんの態度も良くないですか。


『私が誰かわかりますか』(書影をクリックすると、アマゾンのサイトにジャンプします) 

はじめは、「ちょっとやることが増えるくらいは、なんてことないか」という気持ちで始めると思うんです。ところが介護は頭を使うし、高度なマネジメントをするから大変で。1カ月も経てば、旦那さんと奥さんでは持っている情報にかなり差ができてしまいます。そこで「じゃあ、俺は何をやればいいの?」と言われると、お嫁さんは頭にカーッと血が昇ってしまうわけですよね。

最初の段階から旦那さんも介護に協力してもらえれば、夫婦間の心の隔たりや情報格差は起きないと思います。でも女性は「いいわ、家事の合間にやるから」といった感じで引き受けてしまって、なかなか夫婦の協力体制に持っていけない。

今後は男性も女性も関係なく、介護は最初の段階からみんなで看る体制を「社会が世間体として持っていれば」いいのではないかと思います。その世間体をつくることは、介護を体験した私たちの仕事だと思うんですよね。女性もただ引き受けるのではなく、介護は大変なんだということを言っていかなくてはいけないのではないでしょうか。

――今、介護の協力体制に持っていけないご夫婦はどうしたらよいでしょう。

特に認知症だと、どんなに義理のご両親を看ても、お世話をしてもらう本人は忘れてしまうし、お礼の言葉も言われませんよね。もし男性が介護に踏み込める場があるとするならば、奥さんに対して「何かできることはない?」という思いやりの一言をかけることですね。たとえ何もできなかったとしても。それは夫婦間だけでなく、お友達同士でも。

(この記事の後編は10月13日に公開予定です)

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横山 由希路:フリーランスライター・編集者

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