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2018.10.17

健康な高齢者に病気を予防する薬を使うと寿命に影響する?【KenCoM監修医・最新研究レビュー】

KenCoM監修医:石原藤樹先生

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病気になるのを恐れるあまり、具合が悪くなる前から薬を飲んでしまう…。今回はそんな生活習慣をお持ちの方に、ちょっぴり耳が痛いお話です。

当連載は、クリニックでの診療を行いながら、世界中の最先端の論文を研究し、さらにKenCoM監修医も務める石原藤樹先生の人気ブログ「北品川藤クリニック院長のブログ」より、KenCoM読者におすすめの内容をピックアップしてご紹介させていただきます。

本日ご紹介するのは、2018年のthe New England Journal of Medicine誌に掲載された、70歳以上の高齢者に低用量のアスピリンを使用した場合の、生命予後への影響を検証した論文です。

▼石原先生のブログはこちら

健康な高齢者が毎日アスピリンを飲むとどうなる?

低用量(1日80から100mg)のアスピリンには、抗血小板作用があり、心血管疾患の再発予防や、消化器系の癌(腺癌)の進行予防効果が確認されています。

その一方で出血系の合併症のリスクは高めるので、まだ心血管疾患や癌を発症していない、健康な高齢者に使用を継続した時に、果たして健康面にトータルでメリットがあるのか、というのは未だ解決されていない問題です。

2万人弱の高齢者に、アスピリンか偽薬を飲ませて経過観察

そこで2010年から2014年に掛けて、オーストラリアとアメリカの70歳以上(アメリカの黒人とヒスパニックは65歳以上)の一般住民で、心血管疾患や認知症などがなく生活上の問題のない、トータル19114名を登録してくじ引きで2群に分け、本人にも実施者にも分からないように、一方はアスピリンを毎日100mgを使用し、もう一方は偽薬を使用して、中央値で4.7年の経過観察を行っています。
その結果、アスピリンの使用は健康寿命の延長に、有意な効果は認められず、総死亡のリスクはむしろアスピリン群で増加する、という意外な結果が得られました。

アスピリンを飲ませた群の総死亡リスクが増加

その結果は別個に論文として発表されていますが、今回の論文では、アスピリンによる総死亡リスクの増加について、個々の死因を分析するなど、より詳細な解析を行っています。

その結果、アスピリン群では年間1000人当り、12.7件の死亡が発症していたのに対して、偽薬群では11.1件で、アスピリンは総死亡のリスクを、1.14倍(95%CI:1.01から1.29)有意に増加させていました。
この原因を死因毎に検索したところ、この差の原因は、主に癌死亡の差によっていました。
ただ、特定の癌死亡が増えているということはなく、出血系の合併症が、癌の患者さんの予後を変えている、という証拠も得られませんでした。

癌が進行したケースでは、実際には多くの対象者が登録から外れてしまっているので、アスピリンが癌の進行を早めた、というメカニズムは考えにくそうです。

延命目的でのアスピリン服用は慎重に

この結果はこれまでの同種の疫学データとは、一致しないものであるのですが、比較的健康な高齢者が、一次予防や健康寿命の延長目的でアスピリンを使用することには、より慎重である必要があるようです。

▼参考文献

<著者/監修医プロフィール>

■石原藤樹(いしはら・ふじき)先生
1963年東京都渋谷区生まれ。信州大学医学部医学科、大学院卒業。医学博士。研究領域はインスリン分泌、カルシウム代謝。臨床は糖尿病、内分泌、循環器を主に研修。信州大学医学部老年内科(内分泌内科)助手を経て、心療内科、小児科を研修の後、1998年より六号通り診療所所長として、地域医療全般に従事。2015年8月六号通り診療所を退職し、北品川藤クリニックを開設、院長に就任。著書に「誰も教えてくれなかったくすりの始め方・やめ方-ガイドラインと文献と臨床知に学ぶ-」(総合医学社)などがある。
・略歴
東京医科大学地域医療指導教授/日本プライマリ・ケア連合学会会員/医師会認定産業医/医師会認定スポーツ医/日本糖尿病協会療養指導医/認知症サポート医
・発表論文
-Differential metabolic requirement for initiation and augmentation of insulin release by glucose: a study with rat pancreatic islets. Journal of Endocrinology(1994)143, 497-503
-Role of Adrenal Androgens in the Development of Arteriosclerosis as Judged by Pulse Wave Velocity and Calcification of the Aorta. Cardiology(1992)80,332-338
-Role of Dehydroepiandrosterone and Dehydroepiandrosterone Sulfate for the Maintenance of Axillary Hair in Women. Horm. Metab.Res.(1993)25,34-36