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2018.06.28

なぜ人は「自分のにおい」に気づけないのか|体臭と記憶にはきってもきれない関係がある

東洋経済オンライン

においは体の危機を知らせるシグナルです(写真:プラナ / PIXTA)

参照元:https://toyokeizai.net/articles/-/226565?utm_source=deschl&utm_medium=http&utm_campaign=link_back&utm_content=article

においは体の危機を知らせるシグナルです(写真:プラナ / PIXTA)

口臭や体臭は、健康のバロメーター。人は本能的に「におい」をどう感じ取っているのか。『日本人はなぜ臭いと言われるのか 体臭と口臭の科学』を著した予防医学を専門とする内科医の桐村里紗氏が解説します。

プルースト効果で、忘れられない人になる

通りすがりの他人の香水や、シャンプーなど、ふとかいだにおいから、昔の恋人を思い出して、ムズムズしたことはないだろうか。また、草いきれや雨の日の土のにおいから、幼少期の何げない風景を思い出したりしたことがあるだろう。

においは、潜在意識に眠っている記憶と密接にリンクしている。においを感じ取る脳の中枢である大脳辺縁系は、顕在意識ではなく、潜在意識をつかさどっているからだ。においは、潜在意識にすっと入り込み、眠っていた記憶を呼び覚ます。

においをきっかけに記憶がフラッシュバックする心理現象のことを「プルースト効果」と呼ぶ。フランスの文豪、マルセル・プルーストの名作『失われた時を求めて』にちなんで命名されたものだ。

この小説は、紅茶に浸(ひた)したマドレーヌのにおいによって蘇(よみがえ)った幼少期の記憶を入り口にした回想録だ。においと記憶にまつわるエピソードは、さまざまな情動・感情に修飾され、さまざまな文学作品のモチーフになっている。

においが、記憶と結び付きやすい理由は、嗅球からの信号が大脳辺縁系の中の海馬にも送られるからだ。海馬は短期記憶(最近の記憶)の保管庫だが、そこを通じて、脳のさまざまな場所に記憶を長期的に保管している。

におい刺激が大脳辺縁系にインプットされると、情動や体の生理的変化とともに、においにまつわるエピソードがフラッシュバックするのだ。だから、においは、ほかの感覚よりも生々しく瑞々(みずみず)しい。

大脳辺縁系で起こるこれらの一連の反応は、潜在意識下で起こるため、顕在意識である思考や理性では、止めることができない。においは、心の奥深くに入り込み、強烈に相手を印象づけることができるのだ。

これを恋愛に応用しない手はない。

アプローチの段階では、見た目以上に記憶に残るのは、においだ。第一印象で、相手に「良いにおい」と感じてもらうことができれば、快いという情動とともに相手に良い印象を刻むことができる。相手の好みの香水やアロマがわかるとより効果的だ。

そして会うごとに同じにおいをかぐことで、相手は知らぬ間に、あなたのにおいを覚えてしまう。においの印象=あなたの印象として記憶に残るのだ。ただし、体臭をしっかりケアして、悪臭を感じさせないことが大切だ。特に第一印象で、相手に「不快!」と感じさせてしまうと、その後も相手はあなたのにおいを嗅ぐたびに「不快!」がフィードバックしてしまう。

逆に、長年の付き合いの夫婦や恋人同士では、マンネリを避けるため、においを変えることが効果的だ。においが変われば、あなたの印象がフレッシュに変わる。

また、人は本能的に、自分とは違うにおいがする異性に惹(ひ)かれるもの。家族のように近しくなると、においも同じになってしまうが、あえて違うにおいをまとうことで、相手にとっては刺激になる。新しいにおいは、新しい風をもたらすことができる。

においは、パートナーを選ぶ際にかなり重要なファクターだ。「においフェチ」を自負する男女は、結構多い。好きになる異性のにおいは、たいてい好みのにおいだし、逆に、においが好きだから、その異性を好きになることもある。

また、においが嫌いだと、恋愛対象外になってしまうこともある。なぜか。

それは、においが、遺伝子レベルで、最適な子孫を繁栄させるための重要な判断材料になっているからだ。詳しく言うと、HLAタイプという、ヒト白血球型抗原の遺伝子タイプが、自分とは遠く、かけ離れているほど、かけ合わさったときに多様性が高くなり、強くたくましい子孫を残すことができる(引用文献 Body odour preferences in men and women. C Wedekind et al. Proc Biol Sci.〔1997.10.22〕)。

遺伝子タイプの違いは、体臭として反映される。自分の遺伝子タイプに合うにおいは、自分とはかけ離れたにおいになる。それを、本能的に「好みのにおい」と感じているのだ。

逆に、自分の遺伝子タイプと似通ったにおいは、「嫌なにおい」と感じてしまうようだ。遺伝子タイプが合えば、たとえ汗臭かろうが、その汗を「良いにおい」と感じて、女性はうっとりするはずだ。欲望だけでなく、安心感や安定感をもたらし、お互いのにおいに包まれたいと感じる。においをかぎ合うことが、自然なスキンシップにもなるだろう。

老化や生活習慣の悪化に伴う体臭は別として、自分本来の体臭は、自分に合う異性を惹きつける武器になる。だから、無臭を目指す必要はない。堂々と身にまといたいものだ。

恋人はその限りではないが、子孫を残すことを望む夫婦の場合には、においの相性も良いことを願う。

においの判断の社会性――学習効果で好みも変わる

においの信号は、大脳辺縁系から、さらに高度で理性的で社会的な脳の領域である大脳新皮質に送られる。側頭葉に嗅覚野というにおいの中枢がある。ここに来てようやく、そのにおいが何であるか、特定されることになる。

嗅覚野にたどり着いたにおい信号は、保管されている経験・体験に基づくにおいについての学習データと照合される。生まれ育った社会や、家庭の環境、教育、その国の文化や一般常識、さらに体調の良しあしなどの、生まれてからの経験で得た学習による後天的なデータだ。

それが、大脳辺縁系の喜怒哀楽などの情動、快・不快、海馬にまつわる記憶などと合わさって、においが総合的に判断されるのだ。

においの判断が社会的である一例として、赤ちゃんは、便のにおいを不快には感じていない。嗅覚野に、「便とは汚く、臭いものだ」という学習データがまだ保管されていないから、便のにおいを嫌だとは感じないのだ。

しかし、成長の過程で、便を臭いものと周りの人たちが扱うことを学習していくことで、「便臭=悪臭」と脳が認識し、不快と感じるようになるのだ。

ほかにも、くさやに代表されるような強烈なにおいを発する発酵食品であっても、そのコミュニティで日常食として食べて育てば、臭いとは感じなくなる。納豆やみそだって、海外の人にとってはなじみがなく、臭いと感じることが多い。

同じにおい分子がもたらす信号でも、個々人の経験・体験によって、そのにおいについての認識は変わるのだ。

においは、大脳辺縁系にとっては本能的だが、大脳新皮質にとっては社会的なものと言える。

自分のにおいには気づけない理由

においは、このように個人的に認識される感覚だが、脳の認識以外にも、個人差を生む嗅覚の特徴がある。

「順応」と呼ばれる、慣れの現象だ。

たとえば、つねに強烈な口臭がするのに、なぜか本人は気づいていないとか、他人の家に入るとその家特有のにおいを感じるのに、住人は気づいていないとか、外国人は感じる日本特有のにおいが、日本人にはわからない……などである。

人は、日常的にかいでいるにおいには順応してしまい、感じにくくなってしまう。嗅覚以外の感覚でも順応は起こすが、特に嗅覚は順応しやすいとされている。それは、危険を察知するためだ。

嗅覚は、そもそも野生動物が敵を察知し、危険を回避するために備わっている。人間にも、機能が残っている。

日常的に感じるにおいは、危険とは言えない。危険ではないにおいへの反応を鈍くする一方で、それ以外のにおいへの反応を鋭くしている。急に危険なにおいがしたときに、即座に反応できるようにするためだ。そうでなければ、命の危険が増してしまう。


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この効果は、野生動物では役に立つが、人の場合には、困ることがある。自分自身が、強烈な口臭や体臭を放っていても、それが持続的であるほど、本人には自覚しづらくなってしまう点だ。

口が乾いたときや、何かを食べたときなどには、誰にでも口臭が出現する。時に出現する口臭は、持続的ではないので自分でも気づきやすい。普段口臭がほとんどない人ほど、たまの口臭を理由に「自分は口が臭い」と思っていることが多い。

これらは、後に述べるが生理的な口臭の範囲であり、病的ではないことがほとんどだ。

逆に、慢性的であれば、病的な口臭の可能性があるが、それが持続的であればあるほど、自分では順応してしまい、感じられないのだ。周囲は、大変な我慢を強いられているかもしれない。

人間、何もケアしなければ、年齢と共に口臭も体臭も強くなる。特に、においは、体内の不健康を反映して悪化するので、生活習慣の乱れが加わればなおさらだ。

ミドルエイジ以上であれば、自分の健康と他者への配慮を考えて、自分から発するにおいを意識的に改善したいものだ。

桐村 里紗:医師

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