メニュー

2018.03.16

年金を75歳までもらえなくなるって本当?|日本は受給開始年齢を自由に選択できる制度

東洋経済オンライン

年金の受給開始年齢についての疑問は多い(写真:PIXTA)

参照元:http://toyokeizai.net/articles/-/212293?utm_source=deschl&utm_medium=http&utm_campaign=link_back&utm_content=article

年金の受給開始年齢についての疑問は多い(写真:PIXTA)

年金話が少しばかり盛り上がっていた2月の半ば、目を疑うような大事件が起こった。

なんと、『週刊ポスト』誌上に、「年金の受給 70歳へ繰り下げで1100万円得する。そのためには60歳からの準備が必要だ」との記事が書かれていたのである(2018年2月23日号)。知人から連絡が届いたので読んでみると、70代でもらえる年金の総額は65歳受給の場合は2640万円だが、70歳繰り下げでは3748万円。実に1108万円の差が生まれる、繰り下げは”長生きリスク”に対応できる理想的な対策とのこと。こうした「得する制度である年金の繰下げを選んでいる人は現在、わずか2%程度」と述べ、さらには、65歳以降働くことに不安を覚える人たちには、「1年だけでも繰下げを目指してはどうか」と勧めていた。

今までの年金記事と様変わり

いや、この記事はまったく正しいのだが、『週刊ポスト』は昨年まで年金とこれを受け取る年齢について異なった見解の記事を展開していたのではなかったか。それは次のようなものだ。「年金制度に詳しい"年金博士"こと、社会保険労務士の北村庄吾氏は『公的年金の支給開始年齢は定年プラス5歳に引き上げられてきた。65歳定年制の完全実施で年金が70歳支給になるのは既定路線といっていいが、政府はその先、年金完全75歳支給に向けた準備をはじめた』と指摘している」(2017年9月8日号)。まるで将来は、年金は75歳までもらえなくなるので大変な時代になると言わんばかりだ。

かくも、年金とこれを受け取る年齢の関係をめぐっては混乱することが多い。実際のところ、それはどうなっているのだろうか。

日本の今の公的年金制度は、60歳までの繰り上げや70歳までの繰り下げ受給が可能で、実質的には60歳から70歳までの間での「受給開始年齢自由選択制」である。

年金のことにあまり詳しくない人にこの図を見てもらいながら「日本の支給開始年齢はいくつだと思いますか?」と尋ねると、どう答えるだろうか。たぶん、60歳と答えるのではないか。そうしたイメージ、つまり、その年齢になるまで年金を受給することができないと信じて、先ほどの年金博士のインタビュー記事を読み直したら、ゾッとするだろう。日本の支給開始年齢は、「70歳になるのは既定路線」で、政府は、将来に向けて「年金完全75歳支給に向けた準備をはじめた」というのだから。

だがたぶん、年金博士が言っているのは、次の図の「年齢・給付水準線」をAからCへと右にシフトするような話なのではないかと思われる。

確かに、年齢・給付水準線の右へのシフトを、この国では「支給開始年齢の引き上げ」もしくは「受給開始年齢の一律引き上げ」と呼んでいる。しかしこの、いわゆる「支給開始年齢の引き上げ」が将来において行われる可能性は、実はこの国ではないのである。

「支給開始年齢の引き上げ」は愚策

「支給開始年齢の引き上げ」に関しては、日本で2番目に大きな年金受給者団体の日本退職者連合が述べている次の文章を理解できなければ、適正な評価ができない。といっても、たぶん、この文章を一読して理解できる人はあまり多くないだろうと思う。

支給開始年齢の引き上げは、生涯年金額の減額であり、かつその減額影響は、すべてこれからの年金受給世代に負わされる(現受給者は逃げ切り)。
既裁定年金の抑制策を持たない国では例があるが、日本には不要で合理性を欠く手法。

「既裁定年金」とは、すでに高齢者が受給している年金のことで、その「抑制策を持たない国では」とあるのは、日本はすでに、既裁定年金の抑制策を持っているということを言っているのである。それは、図では、A→D、B→Cという年齢・給付水準線の下方へのシフトを意味する「マクロ経済スライド」という仕組みを持っていることを指している。マクロ経済スライドとは、年金保険料を支払う世代の人数の減少に応じて年金給付の総額(したがって既裁定年金を含む)を調整するというもの。

次の文章は、2012~2013年の社会保障制度改革国民会議の委員であり、今も、財政制度等審議会の委員である宮武剛氏の文章である(『健康保険』2015年5月号)。宮武氏も支給開始年齢の引き上げは、「世代間の公平性をゆがめる」からやるべきではないと考えている。そしていまだに支給開始年齢引き上げを行うべきと言う人たちを取り上げて、次のようにも論じる。

先進国の年金制度は軒並み67~68歳へ移行予定なのに、わが最長寿国が65歳でよいのか、という主張だ。しかし、保険料の固定や自動的な給付抑制策を採るのは日本やスウェーデン等だけで、この違いを軽視・無視していないか。

年金資金の逆流が起こってしまう

ここで、「自動的な給付抑制策」というのが、先に説明したマクロ経済スライドのことである。では、次の文章はどうだろうか。

将来世代の給付カットによって、実は、既裁定年金者たちの給付水準が上がることにもなる。つまり将来世代から既裁定年金者たちに年金資金の逆流が起こる。だから、年金受給世代が、支給開始年齢の引き上げを行うべしというのは、若い人たちにとって実に無礼な話でして、彼ら若い人たちの年金カットで、自分たちに使わせろという意味にもつながるわけです。しかも、保険料水準固定方式の下では、長期的には財政改善効果はない。(中略)そうした理由から、「支給開始年齢の引き上げ」という呼び名の、将来世代の給付水準のカット、切り下げは、とうの昔に捨てられているわけです。
 (中略)
何でわかってくれないの?というようなことになるのですが、われわれはこうした人たちを、平成16年以前の人たちという意味で、old fashionとかアンシャン・レジームと呼んでおります。

これは、2016年10月の日本年金学会での私の講演の一部である。日本の公的年金はマクロ経済スライドという、現在の年金受給者から将来の受給者に仕送りをする仕組みを持っている。そうであるのに、年齢・給付水準線を右にシフトするA→C型の、いわゆる「支給開始年齢の引き上げ」は、将来の年金受給者から現在の受給者に年金資金の逆流を起こし、世代間の格差を拡大する愚策であるため、私たちは、政策の選択肢からとうの昔に外している。そして、厚生労働省年金局もようやく重い腰を上げて次のような資料を作った。

日本の年金は、平成16(2004)年改正により保険料が固定され、その保険料の範囲内で給付が行われるようになった(図上)。ここでもし、いわゆる「支給開始年齢の引き上げ」で将来世代の1人当たり生涯給付額が減額されたとすると、年金の収支バランスは崩れる(図中)。そこで、将来世代の給付減額分を現在の高齢者が給付として受け取ることにより、収支のバランスが取られる(図下)。

支給開始年齢の引き上げを主張する論者と年金の世代間不公平を言い続けてきた論者はけっこう重なる。しかし、世代間不公平論者が「将来世代より得をしている」としてひとしお憎んできた団塊の世代にとって「支給開始年齢の引き上げ」は実に好都合な話だ。このように、ちょっとコミカルな主張の混乱が起こっているのである。

75歳へ選択年齢を拡大

この2月にメディアで年金の話が盛り上がったのは、「高齢社会対策大綱」(以下「大綱」)が2月16日に閣議決定されたからである。この「大綱」の中には、「年金の受給開始時期は、現在、60歳から70歳までの間で個人が自由に選べる仕組みとなっている。このうち 65歳より後に受給を開始する繰下げ制度について、積極的に制度の周知に取り組むとともに、70歳以降の受給開始を選択可能とするなど、年金受給者にとってより柔軟で使いやすいものとなるよう制度の改善に向けた検討を行う」とあった。

「大綱」は高齢社会対策基本法(1995年)に基づき、1996年に初めて作成され、今回は3回目の見直しである。前回は、民主党政権下の2012年9月に閣議決定されている。そこには、「社会保障・税一体改革大綱では、“所得比例年金”と“最低保障年金”の組み合わせからなる一つの公的年金制度にすべての人が加入する新しい年金制度の創設について、国民的な合意に向けた議論や環境整備を進め、引き続き実現に取り組む旨等が盛り込まれた」などの文言があった。この5年ほどで、民主党政権下の大混乱を乗り越えて、地に足の着いた年金改革論が大きく前進したことを感じさせる。

年金改革論を大きく前進させたのは、前回の「大綱」が閣議決定された直後、3党合意の下に開かれた社会保障制度改革国民会議であった。2013年8月に出された国民会議報告書には、今後の年金改革の課題――それは将来の給付水準を上げる方策――として、次の3つが示されていた。

Ⅰ マクロ経済スライドの見直し

Ⅱ 短時間労働者に対する被用者保険の適用拡大

Ⅲ 高齢期の就労と年金受給のあり方

Ⅲに関する文章の中で、「2004(平成16)年の制度改革によって、将来の保険料率を固定し、固定された保険料率による資金投入額に年金の給付総額が規定される財政方式に変わったため、支給開始年齢を変えても、長期的な年金給付総額は変わらない」との現行制度に対する正確な認識が示され、「高齢者の就業機会の幅を広げることに取り組むとともに多様な就業と引退への移行に対応できる」ように、年金の受給開始の選択年齢を議論すべきことが述べられていた。

こうした背景があって、2014年5月、当時の田村憲久厚労相はNHKの朝の討論番組で、年金の受給は「今も70歳までは選択できるが、これをたとえば75歳まで選択制で広げる提案が与党から出されていて、一つの提案だと認識している」と、今回の「大綱」と同じことを発言した。だがその直後から、「逃げ水年金」といった形で、SNSやメディアからの誤解によるバッシングの嵐が吹き荒れ、当時の政府はこの方向への年金改革を断念した。しかしその後、冒頭の例のように、メディアの間での理解は徐々に進んでいった。

今度はうまくいきそう?

昨2017年に入ると、捲土重来を期したいくつかの動きが始まった。小泉進次郎氏ら若手議員も「人生100年型年金」の議論に入り、公的年金を受け取り始めることのできる年齢を75歳まで引き上げる方針を示していった。そして高齢社会対策の基本的在り方等に関する検討会(2017年6~10月)での専門家による議論を経て、このたび、「大綱」の中に、「70歳以降の受給開始を選択可能とする」という文言が盛り込まれたのである。

この点に関して、「受給開始年齢の上限の撤廃」を主張してきた私は、どうして上限が75歳どまりなのか、日本と同様に「保険料の固定や自動的な給付抑制策を採る」スウェーデンでは61歳以降の上限の年齢はない自由選択なのに、とも言いたくはなる。しかし昨年、日本老年学会・日本老年医学会が高齢者75歳提言をしてもいたので、75歳、それもよしなのだろうと思っていたりもする。

記事画像

権丈 善一:慶應義塾大学商学部教授

【あわせて読みたい】 ※外部サイトに遷移します