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2017.07.28

40歳を越えたら20人に1人が失明!?老眼の始まりは眼病を発見するチャンス【眼科医インタビュー②】

KenCoM公式ライター:桶谷仁志

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健診項目の中で、比較的早くから老化の影響が出るのが視力だ。近くのものに眼のピントが合いにくくなる老眼は、早い人で40歳くらいから始まるが、これは眼の老化の分かりやすいサインだろう。しかしその裏で、別の疾患が始まっている可能性がある。それが”眼の成人病”とも呼ばれ、視覚障害(矯正しても良いほうの眼の視力が0.5以下)や失明の主要な原因疾患である緑内障、40~50代で発症する糖尿病網膜症だ。こうした眼の疾患は、発症しても自覚症状がないことも多く、放置すると10~20年後に失明するリスクもある。

そこで今回は、眼病の早期発見のために、40代からの「眼底検査」の必要性を訴える眼科医・山田昌和先生から、眼の成人病への正しい向き合い方について聞いた。

山田昌和(やまだ・まさかず)先生

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杏林大学医学部附属病院・アイセンター医師

【略歴】
1986年 慶應義塾大学医学部卒業、同眼科学教室入局
1993年 米国Duke大学アイセンター研究員
1997年 慶應義塾大学眼科講師
2003年 国立病院機構東京医療センター感覚器センター・部長
2013年 杏林大学医学部眼科学教室・教授

専門は角膜疾患、ドライアイ、斜視弱視。原因がわかりにくい眼疲労感や不快感など不定愁訴と扱われがちな症状の病態やメカニズムの解明に興味を持っている。

40代の約5%が緑内障を発症する

「老眼」といえば、加齢によって引き起こされる眼の症状だ。しかし、人によって程度は異なり、始まる年齢もまちまち。なぜ個人差があるのだろうか?

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眼球の中にあるレンズ(水晶体)とレンズの厚さを調節する毛様体の働きには、人それぞれに個性があるからです。眼の老化自体は避けられませんが、若い頃に遠視か近視かによって、老眼の出方が違ってきます。30代ぐらいで視力0.5ぐらいの軽い近視の人は、40代以降で老眼が始まったとしても、高年齢までは老眼鏡がなくても不自由しないでしょう。反対に視力がよく、両目ともに2.0とかある遠視気味の人は、下手をすると30代から近くのものが見えにくくなって、早い段階で老眼鏡が必要になったりします。

眼の劣化を防ぐことは難しいですが、老眼をきっかけに隠れていた病気を発見することがあります。近視の方であれば、眼鏡やコンタクトレンズを作る際などに眼科医の診断を受けますよね。しかし、視力がよくて眼病にもかからなかった方は、眼科に行くことがほとんどありません。そのため、眼科専門医の老眼の検査時には、40代を越えて発症リスクが上がる「緑内障」が発見されるケースがあるのです。この検査では視力や視野、必要に応じて眼圧もチェックし、こうした病気のリスクがないかを合わせて調べています。

緑内障は、視神経が老化や眼圧の上昇などの影響を受けて、視野が狭くなる病気だ。ただ、発症の初期は視野の欠落を両目や脳の働きで修正する仕組みがあるため、単なる疲れ目としか感じなかったりする。

緑内障は40代以上の成人のうち約5%が発症するといわれています。老眼がはじまる40代で眼科検査を受けるのは、個人レベルで見ると老眼の程度を知るだけではないメリットがあります。ただ、企業健保の健診では発見することができますが、国民健康保険の被保険者向けの特定健診では、病気・異常を発見する「眼底検査」がオプションになっているので、どうしても後回しにされがち。現在の受診率は特定健診では0.1~1%にまで激減しています。

自覚症状が出たときは失明の一歩手前も

社会保険の場合は、企業の保険組合を中心に、健診で「眼底検査」を実施することが多い。網膜を写真に撮って診断するため、緑内障のほか糖尿病による眼底出血、網膜剥離なども見つかる場合がある。

毎年の健診で「眼底検査」が受けられる方は、ぜひ活用していただきたいですね。健診で「緑内障の疑いがあります」という診断が出ても、眼科を受診しない人が多い。仮に”がんの疑いがある”となると、多くの人が医者に行くはずですが、緑内障の場合はリスクが実感しにくいため病院に行く動機づけとしては弱いのです。仕事が忙しい、生活に支障がないとなれば、後回しにされてしまいがちです。健診の結果を見て、眼科を受診する人は3人に1人くらい。多くても、2人に1人程度でしょうか。

寿命が延びている昨今、これからの老後を考えると、何らかのアラートが出ている方は一度眼科を受診するべきです。緑内障は、治療が遅れて進行すると元の状態には戻りません。

緑内障の治療には、眼圧を下げる目薬を使うが、あくまで病気の進行を止めるのが目的。治療の目標は「現状維持」だという。

緑内障は進行が遅い病気なので、若い患者さんの場合は、目薬を使わずに1年~1年半くらい、進行の様子を見ることもあります。発症してから失明するまでは20年ぐらいかかります。自覚症状がなかなか出ず、本人が気づいたときには、病気が相当に進んでいるケースが多く、数年以内に失明してしまうことも珍しくありません。

40代で発病したとして、失明するのは60歳の後半から70歳頃です。70歳で失明した場合、平均寿命から考えたら10年ぐらいは眼が見えない状態です。一方、早期に発症を確認して目薬をつけ始めれば、失明せずに済む可能性はそれだけ高くなります。

視覚機能は将来の生活を左右する

視覚障害の原因で1位は緑内障。続く2位は糖尿病網膜症。続いて加齢黄斑変性、変性近視、白内障と続き、この5つの疾患で全体の4分の3を占めるという。

変性近視は、50代以降に網膜が傷んできて、視力がぐっと低下して近視が強くなります。50代からは糖尿病網膜症、加齢黄斑変性、白内障も増えてきます。糖尿病網膜症は糖尿病によって網膜の血管が損傷する病気です。加齢黄斑変性は網膜の黄斑部の視細胞が壊れる病気で、ものがゆがんで見えるようになります。この2つとも、一度悪くなった視覚機能は回復せず、現状維持が治療の目標になります。

一方、白内障は、世界的に見ると依然として失明原因のトップですが、水晶体を人工のものに代える手術が進歩した結果、手術で簡単に治療できるようになりました。保険も適用されますよ。現在、国内の手術件数は年間120万件で、これは出生数よりずっと多い件数です。白内障は健診でも見つかりますが、50代~60代ではさほど悪化しないので、様子を見ることが多いですね。70代になって、生活に不自由さを感じたら手術すればいいでしょう。

昔に比べて、日本の平均寿命は延びたが、視神経の寿命は体全体の寿命にはなかなか追いつけない。そこで、老化による視神経の病気を早めに発見し、治療で延ばす必要がある。そのために、山田先生が提唱するのが、眼を対象にした独自の健診制度の導入だ。

40歳くらいまでは、眼の成人病のリスクは低いですから、特別な健診は要りません。40歳から70歳までの間に、5年に1度か10年に1度でもいいから、一般の健診とはまったく別に、眼の健診をする制度ができれば理想だと思っています。そうすれば、緑内障などの早期発見につながり、中高年のQOL低下を防いだり、失明による介護負担を減らしたりする効果があるのは間違いない。健診を通じて眼の健康寿命を少しでも延ばすことが、私たちの大きな目標です。

ただ、制度ができるまでは時間がかかるでしょうから、現状で特定健診しか受けられない人は、40歳を越えたらどこかのタイミングで、人間ドックを受診するなどして「眼底検査」を受けることをお薦めします。一部ですが、特定健診で「眼底検査」を実施している自治体もあるので、ぜひ確認してみてください。

文字を読む、景色を見られるのは眼の健康があってこそ。違和感があったら我慢せずに眼科医にご相談を

以前は白内障になっても「年のせいで視界が薄くなった」と誤解されがちだった。が、医療の進化によって、多くの中高年が70代で立派に視力を取り戻している。驚くべき進歩だ。その一方、緑内障に関する知識不足のために、失明のリスクを抱えている人が相当数いることが分かった。ちょっとした違和感のある方はぜひ、眼科医師の精密検査を受けてほしい。こうして記事を読めるのも、眼の健康があってこそなのだから。

参考文献

取材協力

<著者プロフィール>

■桶谷 仁志(おけたに・ひとし)
1956年北海道生まれ。早稲田大学卒。20代半ばからトラベルライターとして国内のほぼ全県と海外30数カ国に取材し、雑誌、新聞等に寄稿。2000年には副編集長として食のトレンド雑誌「ARIgATT」を企画、創刊。03年から雑誌「日経マスターズ」(日経BP社)で最新医療を紹介する「医療最前線」を約3年間、連載。日経BPネット「21世紀医療フォーラム」編集長も務める。現在は食、IT、医療関連の取材を幅広く手がける。著書に『MMガイド台湾』(昭文社)『パパ・サヴァイバル』(風雅書房)『街物語 パリ』(JTB)『乾杯! クラフトビール』(メディアパル)など。

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