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2017.07.31

健康格差への処方箋!手近でお金のかからない、健康づくりに必須の武器とは?【順天堂大学・福田洋先生インタビュー①】

KenCoM編集部

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「どうすれば健康でいられるか?」は、生きていく上で誰にとっても気になること。運動、食事、睡眠…大切なことは諸々ありますが、そもそもその前に必要な”スキル”があるといいます。
一体何でしょうか?
それは、“ヘルスリテラシー”です。リテラシーとは情報を活用する能力のことですが、すなわちヘルスリテラシーとは「健康に関する情報を活用する能力」を指し、近年その重要性が理解されつつあります。

今回は、順天堂大学医学部総合診療科准教授である福田洋先生にお話を伺い、なぜ健康な人と不健康な人がいるのか、健康を維持するにはどうすればよいか、健康に必須のスキル“ヘルスリテラシー”とは具体的にどのようなものなのか、についてご紹介していきます。臨床医と産業医の両方の視点を持つ福田先生ならではの、働き盛り世代の健康づくりに関するわかりやすく魅力的なノウハウが満載です。

<お話を伺った方>福田洋先生

順天堂大学医学部総合診療科准教授・福田洋先生

順天堂大学医学部総合診療科准教授・福田洋先生

■福田洋(ふくだ・ひろし)先生:
山形大学医学部卒業。1999年順天堂大学大学院医学研究科(公衆衛生学)修了・博士(医学)取得。現在、順天堂大学医学部総合診療科准教授。臨床医の業務を行う傍ら、都内の複数の企業の産業医も担当し、職域を対象とした効果的な生活習慣病スクリーニングと健康教育プログラムの開発や評価など「働く人々」の健康を中心に研究を行う。「ヘルスリテラシー」に関する講演も多数。近著は『ヘルスリテラシー :健康教育の新しいキーワード』(大修館書店)。

健康な人と不健康な人…健康格差はなぜ起こる?

収入格差が健康格差につながる

――近年、日本でも世界でも健康格差が広がっていると聞きます。そもそもなぜ健康格差が生まれるのでしょうか?

2009年に発売された、健康格差研究の草分けであるウィルソン&ピケットの書籍『The Spirit Level』によると、OECD30ヵ国の統計で平均寿命・識字率・赤ちゃんの死亡率・殺人の発生率・精神疾患患者数など、健康と社会問題に関するデータを国別に総合した指標から、アメリカなど収入格差の大きい国ほどその数値が悪いということが疫学的にわかっています。(※図1)日本でも健康格差の拡大が話題になりつつありますが、このような世界との比較では、日本はアメリカと対局の位置に図示され、まだ良好な状態であると言えます。

▼図1:収入格差の大きい国ほど、健康・社会問題の指標が悪い(出典:『The Spirit Level』Wilkinson and Pickett,2009 より編集部にて編集 ※1)

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不健康は本人だけの問題ではない

日本でも、2014年の全国日本民主医療機関連合会による若年2型糖尿病患者782人を対象にした調査によると、学歴や雇用形態により、糖尿病の合併症である糖尿病網膜症の有病率が異なることがわかっています(※図2)。すなわち、社会経済要因と健康との関連が示唆されています。

収入格差というのは生まれた国や場所、生活環境など、本人ではどうにもならない部分も多くありますよね。今、私たちは「格差社会」の中に生きています。
不健康は本人の生活習慣の影響が大きいと思われていますが、一方で社会的立場や収入に影響されてしまうとも言えます。ですから、不健康が、一概に本人の問題とだけ言えるものではありません。

▼図2:社会経済状況により糖尿病の合併症の有病率は違う(出典:『放置されてきた若年2型糖尿病』全日本民主医療機関連合会,2014 ※2~4)

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健康格差を解消するには?

健康格差への処方箋“ヘルスリテラシー”

――収入格差が一因となる「健康格差」はどのように解消できるでしょうか?

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深刻な「健康格差」問題ですが、これに立ち向かうための良い処方箋があります。

――それはどのような方法でしょうか?

それが私たちが提案している“ヘルスリテラシー”なんです。
ヘルスリテラシーとは、簡単に言うと「健康に関する情報を活用する力」のことです。身につけると健康になる確率が高くなると考えています。

健康に限らず、格差に対抗するのは「情報」です。現代では、多くの人はスマートフォンやインターネットから簡単に情報を入手できるため、よほどのことがない限り情報は平等にそして安価に手に入れることができますよね。健康に関する情報を正しく手に入れ活用すれば、それほどお金をかけなくても健康になることができます。

情報をうまく使って病気を予防したり、治療に生かすことが出来れば、健康格差を少しでも小さくできる可能性があります。

ヘルスリテラシーを身につけるには、まず健康診断から

――具体的に、どうやって身につければよいでしょうか?

企業にお勤めであれば基本的に定期健康診断を受けることができますから、まずは健康診断結果を活用しましょう。実はこの健診結果をきちんと活用できている人がとても少ないのが現状です。健康診断で「要精密検査」と診断されても病院に行かない人も多いです。そして、どこか痛くなったり症状が出てから慌てて病院に駆け込む。
でも、生活習慣病の多くは、症状が出てからでは遅い。

特定健診のデータの分析から、生活習慣病のハイリスクの方の糖尿病の約5割、高血圧の約7割、脂質異常の約9割の人が治療を受けていないというデータがあります。

▼図5:糖尿病で約5割、高血圧で約7割、脂質異常で約9割の人が未治療(『保健の科学』 58(3): 162-171, 2016. ※5)

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健康への投資は最良の投資

――9割も!?それはかなり多いですね。

健康診断結果を活用し早めに病気や不調に対処すれば、命に関わるようなことになる可能性は低いです。健康診断の結果はご自身にとって素晴らしい情報源だと思います。
そうして自分自身の情報から少しずつヘルスリテラシーを身につけ実践していけば、それは健康格差に対抗する有効な処方箋となるかもしれませんね。

ちなみに、ヘルスプロモーション(健康づくり)分野の唯一最大の国際学会であるヘルスプロモーション健康教育国際会議(IUHPE)の2013年の講演にて、学会長のサクソフォン・タマランギ博士は「ヘルスプロモーションは個人を健康で幸せにし、組織、社会を豊かにする最良の投資。全ての人は投資家たりうる」とおっしゃっていました。すなわち、健康への投資は、人生への投資なんですよ。

健康診断結果を活用していますか?

自分の体を客観的に見る情報源

――健康への投資は、健康診断から始まるのですね。

健診結果からは、自分の身体が今どのような状態なのか、何が起きているのかを数値化して客観的に見られますからね。自分の状態を知ることで、今後放置すればどうなっていくかを予想することもできます。
血圧が高いのにそのままにしていたら、もしかしたら脳卒中で倒れてしまうかもしれませんよね。それに対して警鐘を鳴らしてくれるのが健診なのです。

健診結果は意外と短期間に変えられる

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ちなみに、メタボと診断された方の中には、「メタボは(簡単には)変えられない」と思っている方が多いようなのですが、実際は1、2週間の生活習慣の変化で変えられるものもあります。例えば、1、2週間お酒を控えるだけでγ-GTPの数値が変化する方は多いですし、血圧が高い人は、食事の塩分を控えめにしたり、体重を少し落としたりするだけで、血圧は下がってきます(出典:『高血圧診療ガイドライン2014』※6)。薬だけに頼らなくてもできることは多くあります。

このように健康診断の結果というのは、ダイナミックに変化する体の状態の一瞬を切り取ったスナップショットに過ぎないのです。

健康診断は年に1度のチャンス!

(イメージ)

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健康診断は「受けた時の自分の身体の状態」を知ることができますから、体力測定と同じで、年に1度の健康診断に向けて、いいデータを叩き出すことを目標にしていただくのもよいと思います。
例えば、2ヵ月後の健康診断に向けてダイエットすれば、体重を減らすきっかけになり、健康につながります。肝臓の数値を下げるためにお酒を控えたら、それも健康につながります。そうやって自分の身体に対して気を遣う時期が年に1度でもあったら、長い目で見てかなり結果は違ってくると思います。結果が良ければ、今後の自分の健康づくりへのやる気にもつながります。

働き盛り世代の健康づくりを支援する福田洋先生

働き盛り世代の健康づくりを支援する福田洋先生

――健康診断で良い数値を出すことを目指すというのは面白いですね!

「健診の時だけ辻褄を合わせてもムダだ」という意見の方もいらっしゃるかもしれないですが、目的が数値でも、健康づくりのきっかけの1つとなればいいと思います。そのうち、生活習慣と健診結果の関連が感じられるようになると思います。
実際に結果が目に見えたら面白くなりますよね。自分の体に関心を持ち、仕組みを理解するのは、ヘルスリテラシーを身につける第一歩です。

ヘルスリテラシーを身につけるポイント

情報の「いつ」と「誰」に要注意

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――ほかにヘルスリテラシーを身につけるポイントを教えていただけますか?情報には信憑性の怪しいものもありますし、取捨選択が難しいなと。

巷に溢れている情報を精査することはとても大事なことです。入手した情報が正しいのかどうかは、まずはその情報の発信源が「誰」なのか、そして「いつ」の情報なのかを確認してください。
例えば、情報源が厚生労働省や国立がんセンターなら、内容は保守的で意外な解説は少ないかもしれませんが、公的な情報ですので信憑性は高いと判断します。一方で個人のブロガーの体験談だったら物語性があり、尖った情報があるかもしれませんが、信憑性は低い場合があります。また、その情報が発信された日付も大事です。医学情報は日進月歩ですが、WEBでは古い情報がそのまま更新されずに残っていることがあるからです。

情報は自ら取りに行く

いずれにせよ、ぜひ自ら情報を取りに行っていただきたいと思います。「これだけやればOK」などという都合のよい情報を鵜呑みにするのではなく、自ら興味を持ち、自ら行動を起こすことが大切です。

――なるほど。自ら行動することですね。(次の記事に続きます)

今回は、手近でお金をかけずに健康が手に入る処方箋”ヘルスリテラシー”についてお話を伺いました。
次回は、さらに自分の健康診断の結果の見方から、それを見てどう具体的に行動すればよいかを伺います。今までその“危なさ”を理解できなかった健診データに関する驚きの真実もご紹介します。これを読めば、今日から何か始めようと思えるかもしれませんよ。
  
(取材・文・撮影)KenCoM編集部

▼参考文献

※3 Mitsuhiko Funakoshi, Yasushi Azami, Hisashi Matsumoto, Akemi Ikota, Koichi Ito, Hisashi Okimoto, Nobuaki Shimizu, Fumihiro Tsujimura, Hiroshi Fukuda, Chozi Miyagi, Sayaka Osawa, Ryo Osawa, Jiro Miura : Socioeconomic status and type 2 diabetes complications among young adult patients in Japan. PLOS ONE Published: April 24, 2017.

※4 莇也寸志,伊古田明美,伊藤浩一,松本久,沖本久志,清水信明,辻村文宏,福田洋,舟越光彦,宮城調司,三浦次郎,冨永さやか,大澤亮,全日本民医連暮らし・仕事と糖尿病調査班(MIN-IREN T2DMU40 Study Group): 40歳以下2型糖尿病の多施設調査ー登録時臨床像とライフスタイル・社会経済的状態の全国調査との比較ー. 糖尿病 59(2): 95-104, 2016.

※5 福田洋: 職域健保・事業所における特定健診・特定保健指導の評価と今後の課題. 保健の科学 58(3): 162-171, 2016.

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